朗読と組踊 琉球楽劇の創始者 玉城朝薫が紡いだ歌舞

嘉数道彦 インタビュー
来る10月6日に、「組踊」の創始者である玉城朝薫(1684~1734)に焦点をあてた朗読劇と、組踊「執心鐘入しゅうしんかねいり」(昼の部)・「二童敵討にどうてきうち」(夜の部)が上演されます。朗読劇の脚本・演出を担当するのは、ご自身も組踊役者である嘉数道彦国立劇場おきなわ芸術監督。琉球王国時代に生まれた芸能を未来へ繋いでいく今回の公演について、お話をうかがいました。(取材・文/長嶺恵美子)

 


――― 沖縄の国劇、國戯とよばれる組踊について教えてください。

 

初めて組踊に触れる方からは「どんな踊りですか」とよく訊かれますが、ダンスではなく楽劇です。1719年に中国皇帝の使節を歓待するため琉球王国で誕生した宮廷芸能で、台本を備えています。その様式は、歌三線、箏、笛、胡弓、太鼓による地謡じうたいが奏でる琉球古典音楽と、立方は琉球舞踊を基にした所作と舞踊、琉球古語による詞章を独特のセリフ回しで唱えます。
王命によって初めて組踊をつくったのが玉城朝薫で、その作品は朝薫五番(執心鐘入・二童敵討・銘苅子めかるし・女物狂・孝行の巻)とよばれ、その後も多くの組踊が誕生しました。と言いましても、いきなり組踊が誕生したのではなく、琉球古来の歌や踊り、日本や中国などの先行芸能の影響がありました。
初演から300周年の節目を迎えた2019年、国立劇場おきなわでは初演の舞台を野外に再現し、組踊「執心鐘入」等を上演しました。組踊を初めてご覧になった方からは、能と歌舞伎の中間のような芸能と言われたりもしますが、再現舞台で演出して思ったのは、当初の組踊はより能に近かったのではないかという点でした。ちなみに、王国崩壊後の組踊は商業演劇や地方の芸能、戦後は重要無形文化財、ユネスコ無形文化遺産と変遷を辿りながら、ウチナーンチュ*の心の古里として大切に継承されています。
*琉球語で沖縄の人の意

 

―――玉城朝薫とはどのような人物だったのでしょうか?

 

琉球近世を代表する芸術家で、私どものように芸能に携わっている者からは、雲上人のような存在です。身分の高い家に生まれ、芸能に優れ、薩摩や江戸に度々公務で訪れていた玉城朝薫が踊奉行おどりぶぎょうという役職に抜擢され、組踊の創始者となったのは運命だったかもしれません。その一方で、幼い時に父や祖父と死別し、母親とも生き別れるなど肉親の情に縁が薄かったようです。組踊は「モノ言う踊り」と当時の人々の注目を浴び、作者も脚光を浴びたにも関わらず、晩年は寂しいものでした。

 

―――朗読劇の基になった作品についてお聞かせください。

 

1984年、玉城朝薫生誕300年に、沖縄初の芥川賞作家で数多くの小説や戯曲を書かれている大城立裕おおしろたつひろ先生が、「玉城朝薫は如何にして組踊を生み出したのか」というテーマで、小説「花のいしぶみ」を書かれました。この作品は「嵐花」という戯曲になり、沖縄芝居として東京の前進座劇場でも上演されました。それから20年の歳月を経た国立劇場おきなわでの再演は、演者を一新し私も舞台に立たせていただきました。

 

―――これまでにもシェイクスピアやモリエールの翻案で歌舞劇*をつくられていますが、今回はどのような工夫や苦労がありましたか?

 

朗読劇というスタイルは初めての挑戦でしたので、試行錯誤を重ねました。沖縄の歴史文化に精通していらっしゃる大城先生の重厚な「花の碑」には当然ながら、国王や政治家をはじめ多くの歴史的人物や架空の人物が登場してドラマを盛り上げます。群像劇のような小説から朗読劇にするにあたり、玉城朝薫とその文学上の弟子・平敷屋へしきや朝敏ちょうびん、その恋人で遊女のチラーという3名に登場人物を絞り、彼らの愛や葛藤を凝縮して描きました。
平敷屋朝敏という若く奔放で才気走った若者の書いた組踊「手水の縁」や、仲風という歌の形式は、今も愛されています。今回の朗読劇では、玉城朝薫の組踊だけではなく沖縄の豊かな歌や踊りのさまざまなエッセンスを取り入れ琉球芸能を紹介する新たな作品として、300年前に遡るだけでなく、未来へ繋げたいという思いも込めました。
*沖縄の歌や踊りがちりばめられた劇

 

―――執筆にあたっては琉球語で書き、その後に日本語訳をつけられますね。

 

その方が自然で楽なのです。幼いころから沖縄芝居が大好きで劇場やテレビで見聞きした役者のセリフや所作を家でひとりマネするようなヘンな子どもでしたが、沖縄県立芸術大学で同好の士が見つかり無上の喜びでした(笑)。

 

―――沖縄芸能の現在をどう捉えていますか?

 

小国琉球は中国や日本という大国と芸能をもって外交をしてきました。それを担った士族から、廃藩置県以降は舞踊家や役者へ伝承され、戦争など幾多の困難を乗り越えて現在に至っています。私たちは先達の先生方からバトンを預かり次の世代へ渡していきますが、その原動力はひと言で言えば、好きだという思いに尽きる気がします。現在は沖縄県立芸術大学や国立劇場おきなわで人材が輩出しています。環境に恵まれた私たちでしたが、今はコロナウイルスによる危機に瀕しています。どんな時にも芸能を愛しその力を信じてきた先人の精神を、一人一人が見つめ直し前進していきたいと思っています。

 

―――お客さまへのメッセージをお願いします。

 

沖縄から国内外の琉球芸能公演で活躍している贅沢な紀尾井ホールの琉球芸能公演をはじめ、国内外で活躍している贅沢な立方たちかた・地謡の皆さんが揃って上京いたします。歌と踊りで綴る組踊誕生のドラマに続き、生まれたての組踊を上演するという稀有な試みです。共に多くの舞台をつくってきた信頼できる皆さんと、300年前の琉球芸能の世界へお客さまをお連れいたします。紀尾井ホールで繰り広げられる琉球芸能の世界をどうぞお楽しみください。

 

 

嘉数道彦●かかず・みちひこ 琉球舞踊・組踊立方、脚本・演出家
1979年、沖縄県那覇市生まれ。4歳から琉球舞踊を初代宮城能造、宮城能里に師事。宮城流能里乃会師範。沖縄県立芸術大学大学院音楽学芸術研究科修士課程修了。在学中から新作組踊を発表するほか、国立劇場おきなわの開場記念公演などに出演。沖縄県立芸大非常勤講師を経て、2013年4月から公益財団法人国立劇場おきなわ運営財団芸術監督に就任。第39回松尾芸能賞舞踊部門新人賞受賞。

写真提供:大城洋平
[公演情報]
2021年10月6日(水)
[昼の部]14時開演(13時15分開場)

[夜の部]18時30分開演(17時45分開場)

 

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